復活の日

図書館で何気なく目にして、懐かしいと思って手にとった本、小松左京の復活の日。
映画のワンシーンを思い出し、読んでみた。
昔の米ソ冷戦時代をベースに描かれているので、そうした意味では隔世の感があるが、悪性ウィルスによる人類滅亡の危機というのは、鳥インフルエンザ(H5N1型)の問題が取り沙汰されているように、現在でも全く荒唐無稽な話という訳ではない。
それにしても、まず驚いたのが、その当時(1960年代)の世界人口が35億人だったということ。わずか自分が生きている40数年で人口は倍の70億人に達しているというのは、70億という数字自体は認識しているものの、その増加スピードには改めて驚かされた。
日本は人口減少社会に突入し、自分の身近でも大人の数に対して子供がかなり少ないのを実感しているが、かたやTVで見ていると、アフリカでは子供が十人以上というケースは珍しくない。
こんな状況で世界全体を見てみると、人口が爆発的に増え続けているということだろう。
話が逸れたけどウィルスの話に戻すと、現在は復活の日に書かれていた時代よりも相当厄介だ。
人もモノも当時と比べて、世界の隅々まで、量もスピードも桁違いで動いているため、復活の日のような悪性ウィルスが出現した場合には本のようにゆっくりとした広がり(それでもその当時としては相当なスピード感だったと思うけど)ではなく、あっという間に世界中に広がり、対策を講じる時間もなく人類を死に追いやるだろう。
鳥インフルエンザのテロへの悪用を懸念して、アメリカが研究成果の発表に圧力をかけている話がニュースとして取り上げられている。情報開示すべきかそうでないかについてはどちらの言い分にも理があり自分には判断ができないが、テロに悪用されないとしても何かをきっかけに実際人から人への感染が始まる可能性が高く、そうなった場合には、グローバルな世の中では拡大を食い止める有効な手段はなく、いかに拡大のスピードを緩やかにするか、しかないと思う。
それから、科学の発達、偶発性、人間のミスについて考えさせられた。
本では、いろいろな偶然が重なって事件、事故が生じることが書かれていたが、実際世の中では、いくつかの要因が重なっていろいろな現象が生じる。
人間は科学の発達ともに、生活の質を向上させ、様々なリスク回避の手法を編み出してきたが、偶発的な事象を完全にコントロール術などはあるはずもなく、しかも人間はミスをする生き物だから、リスク管理上、何かのきっかけで何でも起こりうることは想定しておいた方がいいということだ。(原発事故のように起きてみてからでは遅い。)
とにかくいろいろと考えされられる内容だった。
「復活の日」とタイトルは前向きなんだけど、現実の危機意識が先に立っちゃっうね。
人間そんなことばかり考えても生きていけないんだけど・・・

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